水野由結の慎重さと大胆さ

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アイドルカルチャー総合サイト「エンタメNEXT」というサイトに「さくら学院 水野由結への100の質問【完全版】」というページがあります。

そのなかで「短所は?」という質問に対し、由結ちゃんは「いざというとき前に出れないこと」と答えています。

SU-METALのステージ上とそうでないときのギャップの激しさはよく知られていることと思いますが、YUIMETALのギャップの激しさもまた相当なものではないかという気がします。

現に、LoGiRLで観た由結ちゃんは、ステージ上でキレッキレのダンスを見せるYUIMETALとはまったくの別人のようで驚かされました。

LoGiRLでの由結ちゃんに関しては、最初は、トークが苦手なんだろう、自分に自信がないのかもしれない、と思っていましたが、さくら学院やBABYMETALのステージではあれだけのパフォーマンスをしてみせています。

まったく自信がないのであれば、あれほどのパフォーマンスはできませんよね。

無茶ぶりのモノマネをやりきってしまった由結ちゃん

そんななかで目にしたのが「タワレボ『南波一海のアイドル三十六房』」に出演した由結ちゃんのトマト君でした。

あまりの無茶ぶりにもかかわらず、見事にやりきってしまいました。

大胆だなぁ、とさえ思いました。これは自信がないといったものとは違う。

もちろん「トマト君のモノマネ」にはオリジナルがないのですから、似ているかどうかを気にする必要がありません。つまり、やった者勝ちというわけですが、それを由結ちゃんはやってのけた。

タワレボのトークでのモノマネは無茶ぶりではあったけれど「求められたことに対して応えること」はおそらく由結ちゃんのなかで、由結ちゃんという人間性を提示する(ことが求められる)一人のアイドルとしての強い責任感を生じさせたのではないでしょうか。

トマト君というキャラを獲得したことで、由結ちゃんがひとつの責任感を果たし、さらには、さくら学院における由結ちゃんのアイデンティティーの確立をより強くした、ともいえるかもしれません。

架空のものをモノマネすることは、ヘタをするとイタイことにもなり得るでしょう。トマト君はタワレボのトークにおいて、やりきることで「キャラ」になることができ、だからこそ、あの場にいた観客から意外性に感心したかのような歓声があがったわけです。

ついでに書いてしまうと、そのトマト君というアイデンティティー確立のひとつの要素が新しく生まれたことを祝福したのが、その二日後の公開授業「書の授業 2」で登場した「ほうれん草君」の最愛ちゃんでしょう。

タワレボのトークという公の場所での、オリジナルのないモノマネというある種の暴挙は、他のメンバーにとっては対処することができないものだったかもしれません。

ところが、最愛ちゃんは、突然目の前にあらわれて、どこへ飛んでいくのかわからない、フワフワと漂っている風船のような「キャラ」を、その風船に結ばれたひもをつかまえて、どこへも飛んでいかないようにしました。

自分もほうれん草君というキャラを生み出すことで、最愛ちゃんはトマト君の架空のモノマネという異質性を消そうとしたわけです。キャラを二人にすることでコミュニティーを発生させ、独りじゃないよと寄り添うかのように、由結ちゃんのアイデンティティーの確立を空気に流されないよう繋ぎとめたのではないでしょうか。

「その情報いらない」とツッコミを入れられる由結ちゃん

このトマト君のモノマネを見て、由結ちゃんに見ていたのは自信のなさというよりは「慎重さ」なのではないかという気がしてきました。

由結ちゃんの話に特徴的な点を見つけたので、ちょっと抜き出してみます。

BABYMETALが、2013年1月13日にFM NACK5で放送されたラジオ番組「〜IDOL SHOWCASE〜 i-BAN!!」に出演した際のやりとりです。

MCは金成公信さん、椿姫彩菜さんでした(引用部、敬称略)。

金成「YUIMETALは? いつも何してるの? 休みの日は何して遊んでるの?」

YUIMETAL「休みの日は、弟とお兄ちゃんがいるんですけど、お兄ちゃんはいま高校生で、サッカーすごい頑張ってるんで、あんまり、部活とかでお家にいないんですけど、弟とは毎日遊んでますね」

椿姫「何して?」

YUIMETAL「ゲームしたりとか」

椿姫「あら、ゲーム、何するの?」

YUIMETAL「ゲームはいま『どうぶつの森』がすごい流行ってて」

椿姫「かわいいね」

YUIMETAL「●●したりしてます」(一部聞き取れず)

椿姫「ゲームはかわいいんだね」

金成「でも、お兄ちゃんの部活の情報いらなかったよね」

(一同、笑い)

椿姫「いいじゃないの、ねぇ。嬉しいよ、ありがとう」

ここでは、休みの日は家で遊んでいる、遊ぶ相手は弟である、という内容に対して、遊び相手ではないお兄ちゃんの話題が並置されています。

これと同様の話が、2015年2月9日に配信された「LoGiRL さくら学院の放課後!~学んdeマンデー!~」の第4回でもされています。

休み時間のテーマトークでその回は「私だけのこだわりルール」がテーマでした。

ここで由結ちゃんは、みかんを床で転がしたり、手で揉んでから食べるとみかんがおいしくなる、というこだわりを披露していましたが、そのこだわりを説明しているなかで、冬になると親戚からみかんが送られてくるので家にみかんが大量にある、という話も並列されています。

ぶっちゃけ、お兄ちゃんの情報も親戚の情報も、関係ないっちゃあ関係ないです。

おそらくなのですが、由結ちゃんは文脈を大切にしているのではないでしょうか。

LoGiRLでは森先生から「水野、声張れや」と言われてしまう由結ちゃんですが、第7回の森先生が不在だった「卒業試験」の回の二時間目「月曜から顔笑れ!」では、コーナーの仕切り役を担当しました。

ここで印象的だったのは、ゲームのルールを説明するだけでなく、フリップを見せる手順や立ち位置まで説明していたことでした。スタッフさんからは、そこまで説明するか、というようなどよめきのような笑いも生まれていましたが、そこに「声張れや」と言われてしまう由結ちゃんはいなかったと思います。

これは「一から十まで」すべてをきちんと説明しようとする責任感の強さをあらわしているのではないでしょうか。

先の、弟に対してのお兄ちゃんや、みかんのおいしい食べ方に対しての親戚がみかんを送ってくること、も同様で、由結ちゃんにとってはそれらすべてが等価であるということが考えられます。

つまり、一から十までの情報がそろってひとつのメッセージとして完成されているのではないでしょうか。十を話す布石としての一であり、一を話した締めとしての十としてどちらも由結ちゃんが文脈を完成させるために必要なものなのでしょう。

しかし、時間の限られている、あるいは伝わりやすさ・わかりやすさが優先されるメディアにとっては、一から十までのうちのいくつかが「それ、いらないよね」となってしまいます。

あるいは、話題がコロコロ変わっていくような日常的なガールズトークのような場でも同じでしょう。

自分の文脈を大切にすることが優先されていると、横槍が入ったり、話題を変えられたりして自分の発言が思うようにいかなくなり、しだいに発言のタイミングが慎重になっていくのではないでしょうか。

こういった慎重さから、たとえばトークの最中において、いま自分がしゃべっていいのかどうか戸惑うことが多くなっていくわけですが、逆に、一対一でトークの機会が与えられたときには、それこそトマト君のように大胆ともいえるようなトークがとび出すこともあるのかもしれません。